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| ●プロフィール&スタッフ |
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施術責任者 漢方整体師 時吉良一
日本ホリスティック医学協会専門会員
(財)日本ウェルネス協会ウェルネスリーダー
中国西安重陽功法対外交流協会 準気功補導員
中国黒龍江中医薬大学名誉講師
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| シゲコねーさん |
えみねーさん |
時々ヘルプしてもらっています
山戸療術院のこいけねーさん |
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鹿児島県鹿児島市出身。
元日立マンとしてサラリーマン生活を送るも本社転勤を機にその後依願退社。
(ホントは丸の内までの電車通勤がイヤでイヤで根性なく退社)
「田舎に帰ります」と言ったらすぐに辞めさせてくれた(笑)
(ただこのとき経験した仕事やマーケティングは将来とても役に立つことになった)
その後はなぜか”ガテン系”な仕事に目覚めいろいろなアルバイトや仕事を転々とする。
シュワちゃんみたいな体になってしまう!のもこの頃。
大きな組織で守られていて外界を知らなすぎた未熟な今までの自分。
(いろいろな世界を目と耳と肌で感じた思い出多い時代)
H4年、父の治療院に無理やり引き込まれ?まずは助手としてこの道に入る。
(マグロ漁船じゃなくてよかった。。。)
もともと肩こり腰痛持ちで、アレルギー体質だった私は次第にこの道の奥深さに引き込まれてしまう。
(当時横浜市大に留学していた中医大のヤン氏と出会うのもこの頃)
気や漢方について感心を持ちはじめる。
(この頃が第二次気功ブームの頃かな?)
一指禅功や中華気功進修学院の呼気養生功を一心に体得する。
H8年、常々儲け主義の院長の父に苦言を呈していた私はついに対立、
「出て行けー!」・・・・・クビとなる。
自分の理想を求め、夜仕事、昼勉強・・・そしてちょっと、飲酒とカラオケ(笑)。
(性格なのか、まあ何とかなるだろう、いい機会だからまた勉強しなおそうと安易な考えでいた時期)
他流派の門戸を叩くのもこの頃。
その後縁あって正式に本家の五十嵐流派に再入門。(元気な朱先生と出会う)
もっと極めたい、、、そして中国中医大留学。
成田へのリムジンバスの中で偶然席が一緒になった気功家、井垣恵身氏と運命的な出会いをする。
機内ですぐさま門下生となる。重陽功の素晴らしさを体験する。
(中華料理が大好きな私は食べ過ぎて貴乃花みたいになってしまう?のもこの頃)
中医薬大では中医鍼灸推拿界の重鎮、呉文剛教授、楊講師に指導を受ける。
(師は少林内功と易筋経の操者でもあるのにもビックリ)
とっても気さくな老師や先生方。付属医院での師の臨床に感銘を受ける。
帰国後”良明館”を本格的に旗揚げ。
(今まで待っていてくれたカンジャさん方に感謝です)
その後東京医科歯科大研究員(現在は順天堂大講師)として来日した呉老師に再会し再び師事。
(いつもお世話になりっぱなしです謝謝。また御飯食べに行きましょ)
良 −−− 良くしてあげたい気で、もちろん私の1文字とって。
明 −−− 邪念のない”明鏡止水”の気で。
館 −−− 堅苦しくなく、そしてアットホームな館でありたい。
(まだまだ書き切れないくらいの出会いと体験があるのですがこの辺で)
自らのアトピー体験、
スポーツやガテン系な仕事で患った経験を生かし同じ境遇の人を救ってあげたい。
「縁」とは不思議なもの。
癒す立場の自分が時々逆に癒されてしまう、
素晴らしいカンジャさん方とのご縁をとっても大事にしたい。
だから・・・「ご縁があるといいですね」
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